ワールド・ビジョン・ジャパンでの半年間が教えてくれたこと ―国際協力への想いが「確信」に変わるまで
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こんにちは。この度、ワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)のマーケティング第一部コミュニケーション課にて、グローバル教育アシスタントとして半年間勤務させていただきました、カワイマナです。
驚くほどあっという間でしたが、振り返ると、非常に中身の濃い、かけがえのない経験に満ちた時間でした。この貴重な機会に、私がWVJで働くに至った経緯から、日々の業務を通して得た学び、そしてこれからの展望についてお話しさせていただきます。
この記事が、国際協力や、NGOの活動に関心を持つ同世代の学生の皆さんにとって、少しでも参考になれば幸いです。
応募の経緯 ― 点と点が線になった、留学での出会い
高校時代から、私は「国際協力」という言葉に強く惹かれていました。しかし、その分野で働く人は身近におらず、授業で関心を深めるものの、具体的なキャリアとして捉えることはできずにいました。
大学では、政治学の講義、海外研修、ボランティア活動と、興味の赴くままに知識や経験という「点」を増やしていきました。しかし、それらが一本の線として繋がることはなく、就職活動が視野に入ってくると、心の底では「本当にやりたいこと」が分からないまま、「社会貢献」という聞こえの良い言葉を使い、安定や世間体と天秤にかけている自分に違和感を覚えていました。
その停滞を打ち破ったのは、ヨーロッパへの交換留学での出会いでした。将来、政治や国際協力の分野で働くことを見据え、「行政」や「国際機関」でインターンしている、と語る同年代の学生たち。彼らが自身の夢や将来像を熱く語る姿に、私は「憧れ」と同時に強い「焦り」を感じました。
この出会いは、私を自分自身と素直に向き合うきっかけを作ってくれました。「本当にやりたいことは何か。そのために今、何をすべきか」。そう自問する中で、かねてから大切にしてきた「教育」というテーマを追求しようと決意しました。
なぜ「教育」だったのか ― 原体験とWVJとの出会い
私にとって「教育」は、常に身近で、その重要性を肌で感じてきたテーマでした。
学校や家庭、友人との関わりの中で自分の人格が形成されてきた実感。教育系ボランティアや塾講師のアルバイトで「教える」ことの奥深さに触れた経験。そして、幼少期に長く過ごしたベトナムで目の当たりにした光景。貧しい地域の子どもたちが「勉強が好き」と目を輝かせ、その親たちも「とにかく子どもに勉強をさせてあげたい」と願う姿は、私の中に「教育が持つ力」を強く刻み付けました。
大学では、必修授業である「思考のプロセス」を取った際、人の考えや行動は、その人が育った家庭・社会・経済といった環境、つまり「広義の教育」によっていかに形作られるかを学びました。この学びを経て、「より良い社会を築く上で、人の価値観の土台となる教育の役割が何よりも重要だ」という思いを強くしました。
「教育」と「政治」を結びつけ、「国際協力」という形で貢献したい。しかし、その具体的な方法が分からずにいた時、留学中に何気なく検索した「国際協力_教育開発」の言葉から、WVJのウェブサイトに辿り着きました。
子どもの支援だけでなく、人道支援、災害支援、そして政策提言(アドボカシー)まで行う国際NGO。市民の声に寄り添う「草の根」の視点でこれほど幅広い活動を行うその姿勢に、私はすぐに心を掴まれました。帰国後、何か関わる方法はないかと探していたところ、「グローバル教育アシスタント募集」の文字が目に飛び込んできたのです。その日のうちに、私は応募書類を送りました。
「伝える」仕事ー緻密な作業から見出す「やりがい」
私が配属されたグローバル教育チームは、「教育」を通じて、WVJの活動や世界の現状を日本国内に「広める」役割を担っています。主な業務は、学校への「講師派遣」や「サマースクール」などといったイベントの企画・運営などを通じて、特に子どもたちに世界の課題を知る「きっかけ」を届けることです。
私自身、途上国で見た子どもたちの姿や、考える機会を与えてくれた先生の言葉といった「きっかけ」があったからこそ、今ここにいます。だからこそ、今度は自分がその「きっかけ」を創る側になりたいと強く思いました。
任されたのは、イベントサポート、データ入力、資料作成、教育機関への電話かけや調査、動画作成など、多岐にわたる業務でした。正直に言うと、大雑把な私にとって、緻密さが求められる作業は得意ではありません。しかし、WVJでの仕事は、どんなに細かなものでも、すべてが「貧困や格差をなくす」という一つの目標に繋がっていることが、大きなモチベーションになりました。
例えば、一件のデータ入力。それは単なる数字の打ち込みではありません。その教育機関のデータが、WVJの活動を知ってもらうきっかけとなり、遠い国の一人の子どもの未来に繋がるかもしれない。そう考えると、一件一件のデータが輝いて見えました。
教育機関への電話かけも同様です。断られるかもしれないという緊張で、最初は声が震えました。しかし、電話の向こうで先生が耳を傾けてくれれば、その先にいる生徒たちに世界を知る扉を開けるかもしれない。私の声が、誰かの世界を広げる小さな波紋になるかもしれない。そう感じた時、この仕事の確かなやりがいを実感しました。
この「やりがい」の本質を、私は初日に聞いた言葉の中に見出していました。中学生の事務所訪問に同行した際、スタッフの方がこうおっしゃったのです。
「WVJの目標は、『私たちの仕事がなくなること』なんです」と。
それは、支援を必要とする人々が自立し、貧困や格差が根本的になくなる世界。つまり、私たち支援団体の存在そのものが、いつか不要になる世界を目指している、という意味でした。
国際協力の仕事は、昨今の情勢によって決して安泰なものではありません。そのような中で、あえて「仕事がなくなること」を究極の目標として掲げる言葉に、WVJの揺るぎない信念と情熱を感じ、胸を打たれました。

プロフェッショナルの在り方 ― 主語はいつも「子どもたち」
WVJで最も大きな学びとなったのは、共に働くスタッフの方々の「姿勢」でした。
何か質問をすると、返ってくる言葉の主語は、決して「自分」ではありませんでした。「支援が必要な子どもたちのことを考えると、この方が確実で…」「イベントに参加する子が少しでも学びを深めるためには、この資料が必要で…」。常に「誰か」のために思考し、行動する。そのプロフェッショナルな姿は、自分の成長ばかりを気にしていた私にとって、強烈な学びとなりました。
また、その姿勢は、学生アルバイトの私にも向けられました。
些細な手伝いにも「本当に助かりました、ありがとう」と頭を下げ、私の突拍子もない意見にも真摯に耳を傾けてくれる。一人の人間として尊重してくれるその温かさが、「私もこのチームの一員として、もっと貢献したい」という強い想いを育んでくれました。
「より良い世界」を築くためには、まず、すぐ隣にいる相手を尊重し、「より良い関係」を築くことから始まる。その組織文化こそが、WVJの強さなのだと確信しています。
このアルバイトのハイライトは、サマースクールで子どもたちの顔を直接見られたことでした。初めて知る世界の事実に目を見開く顔、現地の映像に没頭する姿、親御さんと真剣に話し合う横顔。私たちが準備したことが、今、目の前の子どもたちの心に届き、彼らの世界に新しい「窓」を開けている。その瞬間に立ち会えた感動は、今後忘れることはないと思います。


これからのこと
「憧れ」から始まった私の挑戦は、WVJという宝物のような場所で、「国際協力の道に進みたい」という「確信」に変わりました。
留学中での出会いだけでなく、WVJでの経験と、ここで働く方々の熱意に背中を押され、大学院にて「社会公共政策」の中でも特に「教育」に特化した分野を学び、専門性を高めることを決断しました。この決断は簡単ではありませんでしたが、家族をはじめ、スタッフの方々や教授、友人に相談を重ねて出した結論であり、後悔のない選択だと信じています。
WVJでNGOの活動を肌で感じた経験は、これからの学びをより深く、実践的なものにしてくれると信じています。 アカデミアやキャリアだけでなく、ここで出会った素敵で人情溢れるスタッフの方達のような大人になるよう、精進したいです。
最後に、スタッフの方々へ
短い間でしたが、温かく受け入れてくださったすべてのスタッフの方々に、心から感謝申し上げます。
事務所ですれ違った時に笑顔でご挨拶していただいたり、ランチ中に日常会話をして楽しい時間を過ごさせていただいたり、些細な質問でも快くお助けいただいたり、お忙しい中時間を割いてキャリア相談に乗ってくださったりした皆さん、本当にありがとうございました。
この場所は、私の「原点」です。ここで得た学びと確信を胸に、さらに成長し、いつかより大きな力を携えて、この原点に貢献できる人間になることを目指します。

NGOの仕事の裏側って?やりがいはどんなところにあるの?嬉しいことは?大変なことは?スタッフのつぶやきを通してお伝えしていきます。
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