【イラク】子どもたちが安心して暮らせる環境を~モスル西部での子どもの保護支援~
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イラクのモスル市は、2017年に武力勢力による占拠から解放されましたが、空爆などの激しい戦闘は人々の心に大きな傷跡を残しました。紛争の影響により、子どもたちは暴力や虐待、ネグレクトなどのリスクに晒されています。
ワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)は、2018年より皆さまからの募金とジャパン・プラットフォーム(JPF)の助成金により、モスル西部の子どもたちが安全かつ安心して成長できるよう、子どもの保護と子どもを守るための環境整備を行ってきました。この記事では、その7年間の取り組みと成果の一部をご紹介します。
モスルの子どもたちの状況 ~紛争がもたらす様々なリスク~
2017年に戦闘が終結すると、難民や避難民として他の地域に逃れていた住民が少しずつモスルに帰還し始めました。しかし、紛争後のモスルでは、住民の半数が地域から離れていたことや残存する武装勢力への不安により、地域社会の絆が崩壊していました。また、社会だけでなく、個人や家族のレベルでも、過度なストレスや心理的な負担により精神疾患のリスクや家庭内暴力が増加していました。

モスルには紛争の影響で親を亡くしたり、極度の貧困状態にあったり、虐待にあっている子どもたちが多くいます。特に、シングルマザーの家庭の子どもや障害のある子ども、公的書類(日本の戸籍や住民票にあたるもの)を所持していない子どもなどはぜい弱性が高く、支援を必要としています。たとえば、公的書類を持たない子どもは、教育、保健、社会福祉などのあらゆる公的サービスへのアクセスが限られてしまい、教育を継続することが困難です。こうしたぜい弱な立場にある子どもに対しては、個別の状況に応じた支援が求められています。また、子どもたちを保護していくためには、地域全体で子どもを守る環境の整備が必要です。
子どもたちへの個別支援~ケース・マネジメントの実施~
ぜい弱な立場にある子どもたちの各々の状況に合わせた支援を実施するため、WVJは「ケース・マネジメント」を計916人の子どもに提供しました。

子どもにとって必要な支援の形は、一人一人が置かれている状況によって様々です。ケース・マネジメントは、親がいない、極度の貧困にある、障害があるといったぜい弱性の高い子どもたちを特定し、専門のスタッフがカウンセリングを行い、時には専門機関へつないだりして支援する活動です。
たとえば、障害や疾患のある子どもには車いすや眼鏡、歩行器などを提供しました。家庭内暴力やネグレクトを受けていたり、早すぎる結婚や児童労働を強いられるリスクのある子どもに対しては、保護者への啓発を行いました。また、極度の貧困にある家庭へは現金給付を行い、公的書類を持たない子どもに対しては、書類取得のための支援を行いました。
こうした個別支援では、ケース・マネジメントの知識・スキルを持つ専門のスタッフが時に十数回以上の面会を重ねてフォロー・アップをし、子どもたちが必要な教育や医療を受け、家庭で安心して生活できるよう支えてきました。
個別支援を受けたサイフくん~未来への第一歩~
サイフくんは紛争中の2016年にモスルで生まれました。その後、彼のお父さんは、戦乱のなかで行方不明となり、今日に至るまで所在がわからないままです。そのため、出生届を含む公的書類を取得することができませんでした。サイフくんのお母さんは仕事もなく、サイフくんを含む3人の子どもを育てていますが、最大の心配はサイフくんの将来でした。

公的書類がなければ、学校に登録することができません。そのような事情を理解できない幼かったサイフくんは、朝、近所の子どもたちがリュックを背負い、学校の先生や授業の話をしながら通学路を歩いていくのを眺め、お母さんに聞きました。「ママ、なぜ僕はみんなと一緒に行けないの?」 そんな時、お母さんは 「もう少し辛抱したら、すぐに行けるよ」とごまかすしかなかったと言います。
ある日、サイフくんのお母さんは、近所に住む「子どもの保護委員会」のメンバーの女性から、ワールド・ビジョン(WV)がサイフくんのようなケースを支援しているという話を聞きました。そして、その女性がWVのスタッフにつなげてくれました。サイフくんのお母さんもこれまでに一度、公的書類の取得のための手続きをしようとしましたが、弁護士費用やその他の手続き費用は、とても捻出できるものではありませんでした。WVのスタッフやWVが契約している弁護士と話してから約1年、行方不明である夫との離縁手続きなどの難しい決断もありましたが、ついにサイフくんの公的書類を取得することができました。
公的書類が取得できた時、9歳になっていたサイフくんは、2年遅れで小学1年生となりました。遅れての入学にはなりましたが、サイフくんは誰よりも一生懸命勉強し、学年の終わりにはクラスで1番の成績を取ることができました。「大人になったら、国の治安や安全を守る仕事をしたい」とサイフくんは言います。サイフくんのお母さんも、「これまで苦しい事がたくさんあったけれど、報われたような気がします。サイフはようやく、将来に向けて最初の一歩を踏み出すことができました」と話しています。
子どもの保護委員会の設立と活動支援~地域で子どもを守るために~
個別支援と並行して、WVJは地域全体で子どもを守る環境の整備にも取り組んできました。子どもの権利を保護し、子どもたちが安全に成長できる環境を整備する活動です。
その一環として、子どもの健全な成長のために活動する「子どもの保護委員会」という組織をモスル西部の22の各コミュニティで設立しました。また、この委員会が活動し続けることができるよう、委員会メンバーの知識や意識の強化を支援してきました。さらに、22の委員会同士の関係構築にも注力しながら、主に以下のような活動を実施してきました。
- 子どもの保護の知識および支援を必要としている子どもを支援につなげる方法についての研修
- 支援を必要としている子どもの特定と支援機関への照会*をサポート
- 毎月委員会を開き、コミュニティの子どもに関わる課題についての話し合いを推進
- 子どもたちにとって健全な社会を創るためのコミュニティにおける意識啓発活動を推進
*相談者もしくは依頼人が抱える問題やニーズについて、現在対応している機関の活動領域を超える、もしくはさらなる専門的な支援が必要である場合、他機関へ紹介する過程のこと
7年間に渡る支援の総括として、WVJは2025年4月にこれら22全ての子どもの保護委員会の代表者、現地政府の関係者、支援機関となるNGOの代表者の計125名が一同に会し、子どもの保護に関する今後の課題やあり方を協議する場を提供しました。また、現地政府主導の「支援を必要としている子どもの照会」を推進する取り組みとの連携を強化していくことなどが確認されました。

2019年の設立当時から地元コミュニティで子どもの保護委員会のメンバーとして活動し、小学校の校長でもあるオールバさんは言います。
「このコミュニティに委員会ができる前は、子どもたちはとにかく恐怖や戸惑いといった感情に晒されていて、(子どもの)権利という意識も持っていませんでした。委員会ができ、リスクに晒されている子どもを基本的な支援サービスにつなげたり、意識啓発をしたりするようになったので、子どもたちはコミュニティが段々良くなっていく過程を経験していると思います」

WVJは、紛争後の子ども一人一人の差し迫ったニーズに向き合いながら、長期的にはコミュニティで子どもたちを支えていける基盤を少しずつ積み上げるサポートをしてきました。今後も子どもの保護委員会の継続的な活動によって、少しでも多くの子どもたちが「復興」の次の未来を思い描くことができるよう、取り組んでいきます。
(2025年6月執筆)
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