ジェンダーという言葉を、最近よく耳にするという方も多いのではないでしょうか。国連女性機関(UN Women)(注1)によると、ジェンダーとは「男性・女性であることに基づき定められた社会的属性や機会、女性と男性、女児と男児の間における関係性、さらに女性間、男性間における相互関係」とされています。男性や女性に固定された役割や価値観などのことです。
例えば、日本では「女の子は赤」「男の子は青」と性別ごとに色分けが決められている場面が少なくありません。また、「女性は数学が苦手」「男性が外で働き、女性は家で子育てをする」という考えも長く固定していました。なぜそうなのか疑問に思ったことはありませんか? このような視点で見ていくと、女性の貧困はジェンダー問題と深くかかわっていることがわかります。
社会的・文化的・宗教的な背景によって、女性が不平等に扱われている国は地球上にたくさん存在しています。そのような国では、女性は発言権も財産を持つ権利も無く、教育や医療を受ける機会も奪われています。なぜ女性が不自由な状態にあるのでしょうか。
国連児童基金(UNICEF)は「ジェンダーは、何が女性的で、何が男性的かを表す、社会的・文化的に構築された概念です。しかし、社会で構築されたルールや習慣は、女の子や女性を教育や社会参加などから遠ざけ、未来への可能性を閉ざしてしまう要因にもなっています(注2)」と問題提起しています。
開発途上国と言われている国の中でも特に貧しいとされるのが、アフリカ大陸のサハラ砂漠より南の国々です。国連開発計画(UNDP)は、サハラ以南の国々にジェンダー格差があることで、経済損失が年間950億米ドルになると発表しています(2010年から2014年の年間平均)(注3)。サハラ以南の各国で通用している社会的規範が、女性の教育やお金を稼ぐ機会と時間を奪い、健康的な生活を送る権利を阻んでいるのです。
UNDPの『アフリカ人間開発報告書2016』(注4 P3)によると、「平均して、アフリカの女性は男性の人間開発レベルの87%しか達成していない」ことが報告されています。初等教育を受ける機会はほぼ男女格差はなくなってきたものの、高等教育を受けることができる女性は少数です。サハラ以南の国々では、いまだに児童婚の風習があり、早婚による母体死亡率が高くなっています。女性は児童婚によって教育の機会を奪われるだけではなく、性的・身体的搾取や暴力にも脅かされているのです。
多くの国々では社会規範や習慣などにより、育児と家事は女性と少女が担うものとされています。子どもと高齢者の世話、炊事、掃除、洗濯など賃金の発生しない仕事を女性が受け持っているのです。日本でも同様で、問題視されつつある状態です。
特にアフリカのサハラ以南の国々ではそのような性的役割分担が顕著で、家庭のために水をくむ労働は、71%が女性と少女の負担です(注4 P6)。男女の賃金格差はサハラ以南の国々の労働市場に蔓延しており、女性の賃金は男性の7割程度と推定されています。
こうしたジェンダー問題の深刻さ、問題解消の必要性は世界的に理解されつつありますが、有害な社会規範や文化的障壁を取り除くのは簡単ではありません。
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ジェンダー問題を測る指標のひとつに「ジェンダーギャップ指数(注5)」があります。世界経済フォーラムが男女格差を「経済」「教育」「健康」「政治」の4つの分野をデータ化したものです。2018年度の発表では、日本は149カ国中110位でした。日本は教育や出生率の分野では男女格差がなく世界1位ですが、国会議員や官僚、管理職などにおいて女性の割合が他国に比べて極端に低いことがランキング下位になっている原因です(注6)。
ジェンダーギャップ指数で下位の国は、イスラム教の国々やアフリカの国々が占めています。イスラム教の国々には、女性が自由に外出することが許されず、姿を隠すブルカという服を着用しなくてはいけない地域があります。このような宗教に関係した慣習や価値観を変化させるのは、とても困難です。
男女格差を測る指数は他にもあります。国連開発計画(UNDP)のジェンダー不平等指数(注7)は、「リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)」「エンパワーメント」「労働市場への参加」の3つの側面で、女性と男性の間の不平等を映し出す指標です。この指数によれば、2018年度の日本のランキングは160カ国22位でした。
ジェンダー不平等指数で測っても、サハラ以南の国々の男女格差が最も大きいことがわかりました。特に「リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)」の分野で格差が大きく、妊産婦死亡率や若年女性の出産数が他の地域よりも高く、女性が危険にさらされている状態なのです(注6)。
社会的規範などがあり克服が難しいジェンダー問題ですが、解決に向けてどのような取り組みがされているのでしょうか。世界的な動きと、開発途上国への協力の在り方について解説します。
SDGsとは持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)のことで、 2015年9月にに国連でサミットで採択された国際目標を指しています(注8)。世界中の国々が2030年までに、あらゆる形態の貧困に終止符を打つことが目標です。それを達成するために17の項目が掲げられました。世界中の国々が手を取り合って、不平等と闘い、気候変動に対処しながら、誰ひとり置き去りにしないための取り組みが始まったのです。
SDGsの17の目標の中に「5.ジェンダー平等を実現しよう」という項目があります。「ジェンダーの平等を達成し、すべての女性と女児のエンパワーメントを図る」という内容で、具体的には次の通りです。
SDGs目標5.ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児の能力強化を行う | |
5.1 | あらゆる場所におけるすべての女性及び女児に対するあらゆる形態の差別を撤廃する。 |
5.2 | 人身売買や性的、その他の種類の搾取など、すべての女性及び女児に対する、公共・私的空間におけるあらゆる形態の暴力を排除する。 |
5.3 | 未成年者の結婚、早期結婚、強制結婚及び女性器切除など、あらゆる有害な慣行を撤廃する。 |
5.4 | 公共のサービス、インフラ及び社会保障政策の提供、ならびに各国の状況に応じた世帯・家族内における責任分担を通じて、無報酬の育児・介護や家事労働を認識・評価する。 |
5.5 | 政治、経済、公共分野でのあらゆるレベルの意思決定において、完全かつ効果的な女性の参画及び平等なリーダーシップの機会を確保する。 |
5.6 | 国際人口・開発会議(ICPD)の行動計画及び北京行動綱領、ならびにこれらの検証会議の成果文書に従い、性と生殖に関する健康及び権利への普遍的アクセスを確保する。 |
5.a | 女性に対し、経済的資源に対する同等の権利、ならびに各国法に従い、オーナーシップ及び土地その他の財産、金融サービス、相続財産、天然資源に対するアクセスを与えるための改革に着手する。 |
5.b | 女性の能力強化促進のため、ICT をはじめとする実現技術の活用を強化する。 |
5.c |
ジェンダー平等の促進、ならびにすべての女性及び女子のあらゆるレベルでの能力強 |
SDGsの目標は、開発途上国だけではなく先進国の国々も達成すべきものです。日本も目標達成に動き出しており(注10)政府内に「SDGs推進本部」を設置しました。総理大臣が本部長で、官房長官と外務大臣が副本部長、全閣僚が構成員です。行政や民間、NGO・NPO、有識者、国際機関など多くのステークホルダーによって「SDGs推進円卓会議」が開かれました。どのように実施していくか、その指針も決定されています。
ジェンダー問題の観点では、日本は政治や経営の分野の女性進出が非常に少なく、国際レベルよりも下回っているという問題があります。日本は政策の柱の一つに「女性の輝く社会の実現」を掲げており、女性活躍推進法を制定するなど、ジェンダー平等の実現に努めています。
援助国やNGOが途上国開発のためのプロジェクトを策定するときには、ジェンダーを考慮することが求められています。あらゆる援助機関がジェンダーに配慮した開発を実施しています。
独立行政法人国際協力機構(JICA)が「ジェンダーと開発」について課題を次のように述べています(注11)。
JICAは「社会通念やシステムは、男性の視点に基づいて形成されていることが多いため、不平等が内包されていることがあります。ジェンダー関係が不平等な社会では、一見、中立的な開発政策や施策、事業であっても男女それぞれに異なる影響を及ぼす可能性があります(注11)」ということから、開発計画を策定するときにはジェンダーを考慮することが不可欠であると述べています。
国連WFPもジェンダー平等を考慮した支援をしています。「農家の男女格差を根絶すると、開発途上国では農業生産高が2.5パーセントから4パーセント増加するとされています。つまり世界の飢餓人口が12パーセントから 17パーセント、人数にして1億人から1億5,000万人少なくなります(注12)」というデータを発表し、ジェンダー不平等が悪化しないような人道支援の必要性を訴えています。
世界銀行最貧国向け基金(IDA)もジェンダー平等を目的に、女性の経済参画や機会創出に尽力しています。IDAの分析によると(注13)「初等教育に通えない女の子の数は3100万人」「女性の老僧市場参加率は50%、男性は77%」「新興市場の公共部門で、女性が所有する中小企業の70%は金融機関のサービスを受けられない」などジェンダー平等には程遠い現実があることがわかります。
ワールド・ビジョンが実施しているプログラムは、女性が社会に出て活躍できる力をつけるのを手助けし、貧困の解決に役立っています。ジェンダー平等につながっているワールド・ビジョンのプログラムをご紹介します。
ワールド・ビジョンが実施しているチャイルド・スポンサーシップは、子どもの健やかな成長のために必要な環境を整えていけるよう活動するプログラムです。支援を受けた子どもたちが、いずれ地域の担い手となり、支援の成果を維持・発展させていかれることを目指しています。
チャイルド・スポンサーシップにより、女の子が教育を受ける機会が増えています。学校に通った女の子は子どもが教育を受ける重要性を理解しているので、成長して母親になったときに、自分の子どもを学校に行かせるようになります。教育を受けたことで、女の子が生きていくうえで選択肢が増え、貧困状態からの脱出が望めるようになるでしょう。教育はジェンダー平等に近づく手段のひとつなのです。
チャイルド・スポンサーシップの波及効果は子どもだけではなく、地域全体に拡がっています。子どもたちが住んでいる地域全体を対象に様々なプログラムが実施されるので、子どもが育つ環境が飛躍的に改善します。
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ワールド・ビジョンは人身売買や人身取引に対する取り組みに力を入れています。 国際労働機関(ILO)の報告によると、世界でおよそ4,030万人が人身取引の犠牲となっていると推定されており、その約半分がアジア地域に集中していると言われます(2016年)。人身売買や人身取引のターゲットとなるのは、女性や子どもがほとんどです。人間としての権利と尊厳を奪う、深刻な人権侵害の被害者なのです。
ワールド・ビジョンは、被害者を保護し安全に移住できるよう体制を整えています。トラウマを抱える女性への支援も慎重に行っています。
政策提言活動や人身取引に関する報告会や、若者対象のイベントも実施し、評価を得ています。「かわいそう」「どこか遠い国の話」と考えるのではなく、まずは「きちんと知ること」が重要です。
女性だけを保護するのではなく、メコン拡大地域の強制労働も調査し、人権侵害にあっている男性への支援も実施しています。ジェンダー平等を見据え、全ての人を対象に事業を行っているのです。メコン地域における人身取引対策事業 その成果と課題
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途上国の多くの国々では、労働市場の男女格差が激しく、女性の多くが家事などの無償労働に時間を費やしており、自らが働いて現金収入を得るのが困難な状態です(注14 P5,P6)。 ワールド・ビジョンでは、女性のエンパワメントとジェンダー平等を目指したプログラムを実施しています。プログラムの内容は地域の現状に即したものです。
例えば、タンザニアのゴロワ地域開発プログラムでは、教育プロジェクトと生計向上プロジェクト、スポンサーシップ・マネジメント・プロジェクトが実施されました。
生計向上プロジェクト では、農業・畜産技術の普及 ・収穫後の適切な貯蔵方法の指導 ・商品作物の栽培を通した収入創出 ・貯蓄組合や小規模金融機関を活用した収入向上 ・収穫した農作物を活用した子どもの栄養改善などが実施されました。女性たちも現金収入の道を得ることができたのです。
フィリピンのサマール地域開発プログラムでは、教育プロジェクト、保健・栄養プロジェクト、防災プロジェクト、経済開発プロジェクト、スポンサーシップ・マネジメント・プロジェクトが実施されました。
経済開発プロジェクトでは有機農法トレーニング ・貯蓄・融資グループの設立・運営などが実施されました。女性も数多く参加し、有機農法の勉強や融資を受けることができました。貯蓄グループ活動に参加すると、貯金ができるだけではなく、小規模ビジネスの融資を受けることもできます。女性が現金収入の道を得ることができるようになるのです。
ワールド・ビジョンでは、ジェンダー平等を目指した地域開発プロジェクト、チャイルド・スポンサーシップを皆さまからのご支援により実施しています。ご協力くださいますよう、お願いいたします。
※2 UNICEF:ジェンダーの平等
※3 国連開発計画(UNDP):ジェンダー格差によるサハラ以南アフリカの年間損失は950億米ドル
※4 国連開発計画(UNDP):アフリカ人間開発報告書2016
※5 内閣府男女共同参画局:世界経済フォーラムが「ジェンダー・ギャップ指数2018」を公表
※6 世界経済フォーラム:Global Gender Gap Report 2018
※7 国連開発計画(UNDP):ジェンダー不平等指数(GII)とは
※8 国連開発計画(UNDP):持続可能な開発目標
※9 外務省:我々の世界を変革する 持続可能な開発のための 2030 アジェンダ
※10 外務省:JAPAN SDGsAction Platform 日本政府の取組
※11 jica:ジェンダーと開発
※12 国連WFP:ジェンダー平等
※13 世界銀行最貧国向け基金(IDA):ジェンダー
※14 ILO:働く女性の動向2016年版
※このコンテンツは、2019年9月の情報をもとに作成しています。