東日本大震災 第53報~第55報

2011.09.15

第55報:新潟の知恵を東北へ-「仮設のトリセツ」 (2011.09.15)

「仮設のトリセツ」

東日本大震災から6カ月。被災地では避難所の閉鎖に伴い、多くの方々が仮設住宅での生活を始めています。

その生活を支える支援の一環として、ワールド・ビジョンは新潟大学工学部建設学科岩佐研究所と協働で、「仮設のトリセツ」冊子版を制作しました。
現在、岩手県宮古市社会福祉協議会の協力のもと、宮古市の仮設住宅に入居されている方々にお届けしています。

被災地では、仮設住宅への入居が進むに伴い、新たな課題が生まれています。
その1つが、仮設住宅でのコミュニティ形成です。高齢者の方々の孤独死や、子どもへの虐待の増加を防ぐことは、同じ仮設団地に住む方々同士が知り合い、助け合っていけるようなコミュニティを作っていくことが必要であり、子どもたちの健やかな成長のためにも望ましいことです。

しかし、別々の地域で被災した方々が暮らす仮設団地や、集会所・談話室のない仮設団地などでは、仮設団地を運営していくために必要な自治会を作ることも難しい場合があります。

復興に向けて、次の一歩を歩めるように

宮古市内の仮設住宅

ワールド・ビジョン・ジャパンは、仮設住宅に入居した子どもたちや人々が日常生活を取り戻し、復興に向けた次の一歩を踏み出すことができるよう、被災地の人口の3割を占める高齢者の方々の積極的な参加、また行政機関との連携のもと、仮設住宅およびその周辺地域でのコミュニティ形成支援を行っています。

「仮設のトリセツ」冊子版の制作は、仮設住宅におけるコミュニティ形成支援の一環です。「仮設のトリセツ」には、2004年と2007年に相次いで中越地震、中越沖地震に見舞われ、仮設住宅での生活を余儀なくされた新潟県の方々の知恵が詰まっています。「夏の暑さの攻略法」「結露対策」といった具体的な工夫から、入居者同士の交流を深める方法など、様々な知恵や工夫を、分かりやすく紹介しています。

ワールド・ビジョンは、「仮設のトリセツ」冊子版が仮設住宅での生活を少しでも快適なものとするのに役立つと同時に、仮設住宅入居者同士の交流のきっかけになることを願っています。
今後は、宮古市以外の地域の仮設住宅にも、お届けしていく予定です。


第54報:東日本大震災発生当初から支援活動を行ってきた、坂スタッフよりの報告 (2011.09.09)

3月14日早朝、仙台市内の荒浜地区にて

これまでワールド・ビジョン・ジャパン(以下WVJ)で海外の緊急支援を担当してきた者として、いくつもの大災害・紛争の現場を実際にこの目で見てきた。東日本大震災と同じく地震・津波被害を受けたスマトラ地震で大きく被災したインド、世界遺産も壊滅的な被害を受けたイラン、直近では昨年起きた地震で20万人を超す死者を出したハイチやなど、震災だけでもいくつもの現場で大変な被害のなか、被災者支援を行ってきた。 

そんな自分が3月14日の早朝、仙台近郊の荒浜地区や仙台港近くで、この目で初めに見た被災現場の光景は、目を疑うほどの有様であった。津波によって根こそぎ引き抜かれたたくさんの巨木、おもちゃのように道路に転がっている無数の破壊された車。これほどの被害が先進国といわれる自分の国で、災害に対する様々な手段を講じていたはずの国で起きてしまったことに、さすがに自失寸前だったというのが正直なところだったように思う。

支援へのチャレンジ、変化するニーズ

登米市内の避難所で、被災した男性にお話を伺う坂スタッフ

この日、さっそく宮城県との調整を始めた結果、まず登米市、引き続いて南三陸町、その後気仙沼市での支援を矢継ぎ早に開始することになった。この段階では水や毛布、おむつや生理用品など最低限必要な物品の確保をし、それを一刻も早く届けることが当面の課題であった。

ただ、被害・被災状況に関わる情報が錯綜する中、被災地へのアクセス(道路)、支援物資自体へのアクセス(購買)、また支援物資を届けるためのトラックやガソリンなどのロジスティックス、そして支援を行う上での最低条件であるスタッフの安全が深刻さを増す原発事故で脅かされるなど、日本中が次々に起こる様々な問題で大きく混乱する中での支援は、当初の想定を大きく超える困難を伴うものとなった。

避難所で、衛生キットを受け取った子どもたち

同時に、被災者のニーズに対応する支援の対応速度の迅速さは、これまで関わってきた海外での支援と大きく異なるところであった。
つまり、震災直後の避難所における毛布や水などの「生き延びる」ための支援から、すぐに靴、下着、衛生用品など「生活」に必要な物資の支援、さらにネコ車(がれきや泥の搬出を行う手押し車)などの「復旧」に必要な物資支援などへと、めまぐるしいスピードで同時並行的に変化するニーズに可能な限り迅速に対応することが求められた。

さらに岩手県では、建設される仮設住宅へ入居する被災者の方がたが必要とする生活物資の支援を県庁と、被災後一カ月も経たない4月初旬の段階で合意をし、すぐに準備を始めることとなった。

民間支援団体(NPO・NGO)の役割

岩手県宮古市の仮設住宅に、生活用品を届けるWVJスタッフ

今回の被災者支援は、もちろん国や地方自治体による努力によってなされてきたところは大きいが、他方これまでにないほどの規模の支援が、いわゆるNPO・NGOによって行われてきたことは疑いの余地がない。これまでボランティアによる善意の「草の根」活動という受け取られ方をしてきたNPO・NGOによる支援が、今回の震災によって被災者支援の「メインストリーム」の一部とみなされるようになってきたと言えるのではないだろうか。

その理由は、もちろん今回の被災が政府や限られたプレーヤーのみで扱える程度をはるかに超えていたという事実があるものの、NPOやNGOといった民間支援団体が被災者の方々のニーズに迅速かつキメ細やかに対応できる能力を示したこと、また支援に関わる財政的規模という点においても無視できないほどの存在になってきたことがある。

宮城県登米市で、WVJが運営するチャイルド・フレンドリー・スペース(CFS)に向かう子どもたち

事実、支援実施に関わる国・地方自治体や自衛隊との調整には必ず民間支援団体がその一角を担ってきた。

WVJもそのような団体の一つとして、例えば岩手・宮城両県で約15,000世帯ほどの仮設住宅入居世帯に対して生活物資の支援を行ったり、気仙沼市や南三陸町では食事支援に関わる調整・実際の支援の提供を行ったり、また津波で流されてしまった学用品や学校備品の支援、子どもたちの心のケアや、就学支援などをタイムリーに行ったりするなど、公的な機関では対応しきれない支援ニーズに柔軟かつ迅速に対応してきた。

現場で感じたいくつもの小さな希望

CFSのようす

今回の震災は被災者の方々をはじめとした多くの日本人の心に大きな傷跡を残すことになってしまったことは言うまでもない。ただ、そのような状況の中、特に震災当初の大変な状況の中でも、支援現場で小さな希望をいくつも感じることができたことも事実であった。

震災発生後すぐ、隣接する登米市に命からがら避難してきた南三陸町の人たちのために、近隣の人たちは町の防災無線のアナウンス一本で当面必要な寝具などをあっという間に集めてきた。また、疲弊しきっている被災者の方々の間でさえも炊き出しなどの支援を譲り合い、我々からの支援など、届けられる物資にも整然と秩序を守りつつ受け取っていた。さらに、我々が直接的に支援の調整を行う行政、特に自分たちも少なからず被害を蒙っている被災市町村の最前線で働く多くの職員も、被災者の方々のために昼夜を問わず働いていた。

CFSで、笑顔を見せる男の子

こういった、自分たちのコミュニティや近隣の人を思いやる優しく忍耐強い気持ちが、季節外れの三陸の寒さの中にもしっかりと人々の心をつなげていたことを感じながら支援活動をしてこられたのは、甚大な被害と膨大なニーズの前に心が萎えてしまいそうな自分にとってもある意味大きな救いであったように思う。

これまで海外ではある意味「部外者」として第三者的な立場で支援をしてきた自分だが、今回の震災対応は、本当の意味で被災者に寄り添い、小さなことかもしれないが生きるための支えとなることの大切さを、辛い状況にあってもそれと対峙していく静かな強さを持った東北の被災者の方々から改めて学ばされたように思う。

震災発生から約半年。岩手県では8月11日に予定されていた仮設住宅の建設が終了するなど、着実に「復興」に向けた動きが進んでいる。ただ、これまでの生活を取り戻すための道のりはようやく始まったところである。これからも、その道のりをサポートする支援を根気強く希望をもって続けていきたいと願っている。

第53報:発生から6カ月 ~復興に向けて、新たな課題に取り組んでいます~(2011.09.07)

仮設住宅での生活用品配布のようす

支援活動実績(一部)(2011年3月11日~8月30日)
・宮城県(南三陸町、気仙沼市)と岩手県(宮古市、大槌町、山田町、岩泉町、田野畑村、野田村など)の仮設住宅に暮らす約25,000人に、100品目以上におよぶ生活用品(一部衣料品を含む)を届けました
・宮城県登米市、南三陸町の7カ所でチャイルド・フレンドリー・スペースを実施。これまでに、のべ465人の子どもたちが参加しました
・宮城県南三陸町、気仙沼市の6所の避難所に、コミュニティ・キッチン(食事が用意できる施設)を支援。気仙沼市のコミュニティ・キッチンでは、これまでに15,000食以上を提供しています

「通常、ワールド・ビジョン・ジャパンが行っている途上国での緊急人道支援の基準に照らし合わせると、日本の復興は非常に早いスピードで進められています。これは、日本の防災に対する備えや、災害対応能力の高さを示していると思います」と、ワールド・ビジョン・ジャパン東日本大震災緊急復興支援部部長の木内真理子スタッフは語ります。

しかし、復興に向けた歩みが進む一方、現在も多くの子どもたちや人々が、震災によって大切な家族や友人を奪われた悲しみ、経済的な困難に直面し、また、新たな課題も生まれています。
ワールド・ビジョン・ジャパンでは、被災地の1日も早い復興に寄与するため、これらの課題にも取り組んでいます。

被災地の水産業復興を支援

一部で漁が再開された、気仙沼漁港

東日本大震災は、被災地の地盤を支える水産業にも大きな被害をもたらしました。

宮城県気仙沼市では、水産業関連施設の95%が被災。6月に漁港の一部が再開されたものの、復旧率は20%程度にとどまり、地域の水産業そのものの衰退が懸念されています。「地域産業の回復は、被災地が復興していく上で大きな鍵です。また、産業の復旧を支援することは、被災地の再生だけでなく、震災によって親が職業を失ってしまった子どもたちにとって、直接的な利益につながります」と、木内スタッフ。

ワールド・ビジョン・ジャパンでは今後、気仙沼市と南三陸町で、津波によって流失した船や水産業関連施設の復旧を支援するとともに、水産加工業の競争力強化、そして、地域を担う子どもたちが、地元の主力産業である水産業に夢を持てるようになるための活動を行います。

仮設住宅でのコミュニティ形成を支援

「仮設のトリセツ」

避難所から仮設住宅に移った方々が、仮設住宅でのコミュニティを形成していくことが、これからの課題です。

ワールド・ビジョン・ジャパンでは、仮設住宅およびその周辺地域でのコミュニティ形成を支援するため、新潟大学工学部建設学科岩佐研究室との協同のもと、「仮設のトリセツ」を制作。
「仮設のトリセツ」では、2004~2007年に発生した7.13水害、中越地震、中越沖地震のために仮設住宅での生活を余儀なくされた方々が実践していた、様々な工夫や、知恵を紹介しています。

ワールド・ビジョン・ジャパンでは、被災者の方々が少しでも快適に、楽しく仮設住宅での生活を過ごせるよう、岩手県宮古市を初めとする被災地の仮設住宅入居者に「仮設のトリセツ」を配布する予定です。

設置されたベンチに集まる、入居者の方々

また、8月下旬には宮古市内の仮設住宅に、ベンチとテーブル30セットを支援。同じ仮設団地に住む方々が話し、お互いを知るきっかけを提供するためです。

ある仮設団地では、入居者の女性が
「これまでは外で腰掛けて話せる場所がなく、芝生の上にシートを敷いたり、段差に座ったりして話していましたが、高齢者の方には負担が大きいので、ベンチがあるのはとても助かります」と、話してくださいました。

子どもたちの心のケアを、継続して行っています

チャイルド・フレンドリー・スペースのようす

震災によって校舎が全壊した、宮城県南三陸町立戸倉小学校。ワールド・ビジョン・ジャパンでは4月1日、多くの戸倉小学校の子どもたちが避難していた登米市の避難所に、子どもたちが安心して遊んだり、話したりすることができるチャイルド・フレンドリー・スペース(以下CFS)を設置し、子どもたちの心のケアをしてきました。5月の学校再開以降も、学校内でCFSを運営し、子どもたちの心が安定し、日常生活を送ることができるよう、支援しています。

戸倉小学校 麻生川校長先生のコメント
「CFSがあったことにより、子どもたちが日常生活の中での心の安定感を保つことができました。多くの子どもたちには、日常生活の中で自分の聞いてほしいことや、頑張ったことを受け止めてくれる人がいることがとても大切です。CFSにその方々がいたことで、大きな感情の起伏がなく、安定した気持ちの中で過ごすことができたのだと思います」

今後も活動していきます

ワールド・ビジョン・ジャパンでは7月以降も、被災地の生活環境が震災前よりも改善された状況となり、子どもたちが健やかに、豊かないのちを生きられる社会として復興することに寄与するため、下記の5つの分野を中心に、支援活動を行っています。

①子ども支援
②仮設住宅やその周辺地域でのコミュニティづくり 
③雇用確保と生計向上
④子どもを守るための防災対策
⑤福島県被災者への支援