東日本大震災 第16報~第18報
2011.03.30
東日本大震災第18報:衛生キット3,750セットを避難所で生活している方々へ届けました (2011.3.30)
現在、南三陸町の避難所に避難している方々は約9,300名、登米市の避難所に避難している方々は約830名です。避難所での生活が長引くにつれ、衛生状態が悪化し、感染症などが広がりやすくなります。
避難所で生活している方々の健康が守られるため、3月29日、ワールド・ビジョンは3,750セットの衛生キットを南三陸町と登米市の避難所で生活している方々へ届けました。この衛生キットは、28日に東京にある平和島の倉庫で、1世帯分ずつボランティアの方々とともに梱包したものです。
石けん、シャンプー、リンス(P&G)消毒用アルコール、歯ブラシ(花王/日本アムウェイ)、フェイスタオル(イケア・ジャパン)、マスク(富士フィルム)が入った衛生キットとトイレットロールを登米市の避難所で生活している約280名の方々に配布しました。
「避難所での衛生状態が悪くなってきているのでとても役立つ、と周りの人も皆喜んでいます」
「衛生キットの中に入っているものは、避難所での生活にとても必要です。特に消毒用アルコールは必要です。このキットに入っている消毒用アルコールは持ち運びができるサイズなので、どこにいてもご飯の前にすぐ使えると思います。避難所での衛生状態が悪くなってきているのでとても役立つ、と周りの人も皆喜んでいました。本当に、本当にありがとうございます」と、かずみちゃんはお話くださいました。
地震発生時、かずみちゃんは教習所の校舎の中に他の生徒3名と先生と一緒にいたそうです。
「揺れが激しくて不安な気持ちになりました。机の下に隠れるまもなく、椅子をつかんでしゃがむのが精一杯でした。先生が出口を確保しようとしていましたが、揺れが激しかったため無理でした。揺れが一度おさまったとき、壁をつたいながら歩いて校舎の外に出ました」
雪が降り、とても寒い中、外に逃げてきた他の生徒や先生など約50名と一緒に余震がおさまるまで1時間程待ったそうです。
ボランティアに参加した方の声を紹介します
「被災されている皆さんに、少しでも力になれたらと思って今日は来ました。本当に少ししか力になれないと思いますが、ぜひ皆さん頑張ってください」指田勝さん
「昨日・今日で5,000人分の仕事(衛生キットの梱包)をしましたが、5,000人分というのはどれだけの物量になるのか、テレビで見るボランティアの人たち・支援する人たちのバックにどれだけ多くの人がいるのかが、身に沁みて分かりました」柴田嘉三さん
東日本大震災第17報:南三陸町/登米市へ 衛生キット3,750セットを届けます (2011.3.28)
3月11日(金)に発生した東日本大震災に対し、ワールド・ビジョン・ジャパンでは、主に南三陸町(宮城県)で被災された方々への緊急支援を実施しています。
緊急支援物資配布の第4弾として、南三陸町の避難所に避難している方々約9,300名、隣接する登米市の避難所に避難している方々829名に、下記の物資を含む衛生キットをお届けします。
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上記の物資を、本日28日(月)に平和島の倉庫にて、ボランティアの方々とともに1世帯分ずつ梱包し輸送。29日(火)に3,000セットが南三陸町、750セットが登米市に到着する予定です。物資を保管するための倉庫は、(株)住友倉庫さまより無償でご提供いただきました。
地震・津波発生から2週間が経ち、被災された方々が必要とする支援内容は刻一刻と変わっています。ワールド・ビジョン・ジャパンでは、現在スタッフ11名を被災地に派遣。災害対策本部や行政機関の方々から情報をいただき、また連携しながら、中・長期的な視点に立って、必要に応じた支援活動を続けていきます。
東日本大震災第16報:皆さまからの温かいご支援が南三陸町に届いています (2011.3.28)
3月26日(土)、ワールド・ビジョン・ジャパンは、株式会社チュチュアンナさまに寄贈いただいた紳士用靴下、婦人用タイツ、スパッツ、ホームカバー、タートルネックと長ズボンを、地震と津波で壊滅的な被害を受けた南三陸町(宮城県)に届けました。南三陸町の職員や避難所で生活している方々とワールド・ビジョンのスタッフが連携し、到着した物資を搬入。南三陸町では寒い日が続いており、当日も雪が降っていました。南三陸町の職員の方は、「寒い日が続いているので、こういった靴下や肌着はとてもありがたいです」と、全国からご支援くださった方々へ、感謝を込めてお話しくださいました。
ワールド・ビジョン・ジャパンは現在、被災地にスタッフ11名を派遣。支援を届けると同時に、今後の中・長期的支援のため、避難所や行政機関を訪問し、被災者のニーズを調査しています。これまで訪問してきた多くの避難所で、靴下や肌着が必要だという声を多く聞いてきました。ある避難所では、「被災してから一度も下着を替えられていない」と、男性が話してくださいました。避難所では水不足で洗濯ができず、洗濯ができる避難所でも被災者が多いため、洗濯ができるのは4~5日に1回、限られた枚数のみということです。他の避難所で生活しているお年寄りの女性も、「着替えをしている最中に津波が来て、そのまま逃げたので肌着がありません。10日間も同じものをはいています」と話してくださいました。まだまだ寒さが続く中、避難所での生活を続ける多くの方々にとって、寒さをしのぎ、健康な生活を保つために、株式会社チュチュアンナさまが寄贈くださったような靴下や肌着は欠かせません。
また、南三陸町の他の避難所では、ワールド・ビジョン・ジャパンなどが届けている毛布のおかげで、暖かい布団で眠ることができると、中学1年生のまゆみさん(仮名)がお礼を伝えてくれました。そして、地震と津波が発生した時のようすを話してくれました。
「地震と津波が起こった時は、翌日の卒業式の準備で、中学校の体育館で飾りつけをしていました。体育館には机などの隠れられる物がなかったので、7~8人の友達と一緒にしゃがみ込んで、地震が終わるのを待ちました。とても怖かったです。地震がおさまった後、先生や友達と一緒に校庭に逃げると、地面にひびが入っていました。津波の警報が聞こえてきましたが、最初は大丈夫だろうと思いました。でも、少しすると下にある小学校まで波が押し寄せてくるのが見えたので、走って高台まで逃げました。高台には、中学生、小学生、町の人たちが200人以上逃げて来ていました。雪が降っていて、ジャケットを持たないまま飛び出したので、凍えるほど寒かったです。
1時間くらい経つと水が少し引いたので、中学校の体育館に避難しました。毛布もジャケットもなくとても寒かったので、教室のカーテンやピアノカバーを布団にして眠りました。すごく寒くて、余震も怖かったのであまり眠れませんでした。もちろんご飯もありませんでした。翌日は、手のひらにおさまるぐらいの小さいおにぎりを1つ食べただけでした。3日間は、おにぎりを1日で2~3個食べられるぐらいでした。でも3日目に、お父さんが体育館まで歩いて迎えにきてくれました。家族がどうなったか分からなかったので、とても嬉しかったです」
幸運にも、まゆみさんの家族は全員無事でした。地震発生時、まゆみさんのお母さんは、寝たきりのおじいさんと、足の悪いおばあさんと自宅にいらっしゃいました。仕事に出ていた2人のお兄さんは、地震の大きさから津波が来ると思い、すぐに自宅に戻り、おじいさんとおばあさんをおぶって、お母さんと一緒に山へ逃げました。まゆみさんのお父さんは地震発生時、海の近くで仕事をしていました。地震直後、「大きな津波が来る」と思い、急いで家に帰り、お母さんやその他の家族が逃げている山へ一緒に逃げたそうです。その夜は、6人で野宿をしたそうです。雪が降る中、お兄さんが持っていたライターで焚き火を作り、寒さをしのごうと努力しましたが、とても寒く眠れなかったそうです。
国内外から寄せられている支援によって、地震発生直後に比べ、避難所での生活は改善されてきています。まゆみさんも支援に対する感謝の気持ちを語ってくれました。「寒かったので、毛布と服の支援が何より嬉しかったです。多くの人が支援くださり、ありがたいです」
ワールド・ビジョン・ジャパンを通して、皆さまのご支援が、地震や津波で多くを失った子どもたち、人々に届いています。被災した方々が少しでも早く日常生活を取り戻すことができるよう、ワールド・ビジョン・ジャパンは今後も支援活動を続けていきます。
物資および現地派遣ボランティアの受け入れについて
ワールド・ビジョン・ジャパンでは、物資および現地派遣ボランティアの受け入れを行っておりません。

